鳥取地方裁判所 平成8年(行ウ)1号 判決 2000年3月28日
鳥取県米子市<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
大川隆司
同
山田泰
川崎市<以下省略>
被告
株式会社東芝
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
西迪雄
同
向井千杉
同
富田美栄子
東京都港区<以下省略>
被告
日本下水道事業団
右代表者理事長
B
右訴訟代理人弁護士
川上英一
右訴訟復代理人弁護士
中久保満昭
同
飯島康博
右指定代理人
安達伴憲
同
藤家勝栄
主文
一 被告らは、鳥取県に対し、連帯して、金1658万9500円及びこれに対する平成8年3月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは、鳥取県に対し、連帯して、金3319万6900円及びこれに対する平成8年3月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、鳥取県から下水道施設の建設について委託を受けた被告日本下水道事業団(以下「被告事業団」という。)が、右下水道施設建設工事の一部である電気設備工事に関して、被告株式会社東芝(以下「被告東芝」という。)との間において、請負契約を締結したことについて、鳥取県の住民である原告が、被告事業団の職員と被告東芝ほか8社の従業員との間においてなされていた被告事業団の発注に係る下水道施設建設工事の受注調整ないし談合の影響を受けて右請負契約の請負代金が不当に高額となり、その結果、右下水道施設の建設を委託した鳥取県が損害を被ったことになったが、鳥取県知事は右損害賠償請求権の行使を怠っており、これは地方自治法242条の2第1項にいう違法に怠る事実であるとして、同条項4号後段に基づき、鳥取県に代位して、被告らに対し、不法行為責任(各共同不法行為者それぞれの使用者としての責任)としての損害の賠償を請求している事案である。
なお、被告らは、原告が本件訴訟に先立ってなした監査請求については、地方自治法242条2項を適用すべきものであって、右監査請求は同条項に定める期間を徒過してなされたものでありかつそのことについて正当な理由があるとはいえないので、適法なものとはいえず、したがって本件訴えは適法な監査請求を経ていない不適法なものであるなどとして、本件訴えの却下を求めている。
一 前提となる事実
1 当事者
(一) 原告は、鳥取県の住民である。
(二) 被告事業団は、日本下水道事業団法に基づいて設立され、地方公共団体等の要請に基づき当該地方公共団体等における下水道の根幹的施設の建設及び維持管理や下水道に関する技術援助を行うことなどを目的とする法人である。
(三) 被告東芝は、電気機械器具製造等を目的とする株式会社である。
2 鳥取県と被告事業団との関係
(一) 鳥取県は、平成5年3月5日、被告事業団との間において、別紙1記載のとおりの工事対象及び工事内容の「天神川流域下水道天神浄化センターの建設工事委託に関する協定(その2)」(以下「平成4年度委託協定」という。)を締結し、被告事業団に対して右建設工事を委託した。
平成4年度委託協定において鳥取県から被告事業団に支払うこととされた委託費(以下「平成4年度委託費」という。)は1億2745万円であり、鳥取県は、被告事業団に対し、平成5年6月25日に3784万0300円を、同年11月15日に270万8600円を、平成6年3月30日に8690万1100円をそれぞれ支払った(調査嘱託)。
(二) さらに、鳥取県は、平成5年8月6日、被告事業団との間において、別紙2記載のとおりの工事対象及び工事内容の「天神川流域下水道天神浄化センターの建設工事委託に関する協定」(以下「平成5年度委託協定」といい、平成4年度委託協定と併せて「本件委託協定」という。)を締結し、被告事業団に対して右建設工事を委託した。
平成5年度委託協定において鳥取県から被告事業団に対して支払うものとされた委託費(以下「平成5年度委託費」といい、平成4年度委託費と併せて「本件委託費」という。)は1億3000万円であり、鳥取県は、被告事業団に対し、平成5年11月25日に4012万2200円を、平成6年4月11日に8987万7800円をそれぞれ支払った(調査嘱託)。
3 被告事業団と被告東芝との関係
(一) 被告事業団は、平成5年3月30日、被告東芝との間で、平成4年度委託協定により鳥取県から委託を受けた天神川流域下水道天神浄化センター建設工事に係る電気設備工事その8について、随意契約により、請負契約(以下「平成4年度請負契約」という。)を締結し、被告東芝は、代金1億1711万1000円で右電気設備工事を請負った。そして、その後、右電気設備工事は完成し、被告事業団は、被告東芝に対し、右請負代金を支払った。
(二) 被告事業団は、平成5年9月17日、被告東芝との間で、平成5年度委託協定により鳥取県から委託を受けた天神川流域下水道天神浄化センター建設工事に係る電気設備工事その9について、随意契約により、請負契約(以下「平成5年度請負契約」といい、平成4年度請負契約と併せて「本件請負契約」という。)を締結し、被告東芝は、代金3378万4000円で右電気設備工事を請負った。そして、その後、右電気設備工事は完成し、被告事業団は、被告東芝に対し、右請負代金を支払った。
また、被告事業団は、平成5年9月29日、株式会社荏原製作所との間で、平成5年度委託協定により鳥取県から委託を受けた天神川流域下水道天神浄化センター建設工事に係る送風機設備工事その2について、随意契約により、請負契約を締結し、株式会社荏原製作所は、代金9342万1000円で右送風機設備工事を請負ったが、平成6年3月17日、両者の合意により、右請負代金が83万4300円増額された。そして、その後、被告事業団は、株式会社荏原製作所に対し、右請負代金を支払った。
4 本件訴訟に至るまでの経緯
原告は、平成7年11月28日、鳥取県監査委員に対し、地方自治法242条1項に基づく監査請求(以下「本件監査請求」という。)をした。
鳥取県監査委員は、本件監査請求に係る監査請求書の記載内容や原告の監査請求人としての陳述内容を踏まえて、本件監査請求の趣旨を「被告東芝ほか8社及び被告事業団は、談合という共同不法行為を通じて契約金額を不法につり上げることにより、電気設備工事委託者として最終的に契約代金を負担した鳥取県に対し損害を与えたものであるところ、鳥取県知事は、鳥取県が右不法行為者に対して有する損害賠償請求権を行使して、鳥取県の受けた損害をてん補する措置を講じる責任があるのにこれを怠っているのは、財産の管理を怠る事実に該当するものである」と解釈し、監査対象事項を「鳥取県知事が当該案件に対して損害賠償請求権を行使しないのは、財産の管理を怠る事実に該当するかどうか」とした上で監査をし、平成8年1月26日、本件監査請求を棄却した。
原告は、右監査結果を不服として、平成8年2月24日、本件訴訟を提起した。
二 主要な争点
1 本件訴えの適法性について
(一) 本件監査請求について、監査請求の期間制限を定める地方自治法242条2項が適用されるか。
(二) 本件監査請求に同条項が適用される場合、本件監査請求が右監査請求期間を徒過してなされたことについて、同条項ただし書に規定する正当な理由があるといえるか。
2 本件訴えが適法な場合、被告らによる鳥取県に対する不法行為の成否について
(一) 被告らの違法行為の有無
(二) 損害の有無とその額
第三主要な争点についての当事者の主張の要旨
一 争点1(一)について
1 原告
本件訴訟において原告が主張している損害賠償請求権の発生原因は、鳥取県の外部の者である被告事業団の職員と被告東芝の従業員らとの共同不法行為であり、鳥取県の機関ないし職員の行為ではないから、右損害賠償請求権の不行使についてなされた本件監査請求には、監査請求の期間制限を定める地方自治法242条2項の適用はない。
2 被告ら
本件訴訟において監査請求の対象となっている実体法上の請求権が成立するためには、客観的に違法な財務会計上の積極的行為として、鳥取県が被告事業団に対し本件委託費を支払うことについての違法な支出負担行為を観念せざるを得ず、そうだとすれば、本件監査請求は、怠る事実についてなされているとしても、監査請求の期間制限を定める地方自治法242条2項が適用されることとなる。
二 争点1(二)について
1 原告
監査請求が相当な期間内になされなければ、正当な理由がないものとされるとしても、その前提として、監査請求をするだけの要件が客観的に存在していなければならない。つまり、地方公共団体の立場を基準として損害賠償請求権の不行使が客観的に不当であるとされる時点、すなわち当該地方公共団体が客観的には不法行為の存在と損害の発生を認識把握することができたのに、あえて当該損害賠償請求権を行使しないと評価される時点が、相当な期間の起算点となるべきである。本件においては、被告東芝らに対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反被告事件の第1回公判が開かれた平成7年11月10日を起算点として相当な期間内に監査請求がなされたかどうかを検討すべきであって、本件監査請求は、平成7年11月28日になされており、相当な期間内になされたといえるから、正当な理由があったといえる。
2 被告ら
本件においては、平成6年3月26日には、被告東芝らが入札談合嫌疑で公正取引委員会の立入検査を受けたことの報道がなされ、同年9月2日には、被告らによって談合がなされていたことの報道がなされ、平成7年3月7日には、公正取引委員会が被告東芝らに対する刑事告発をなし、同年7月12日には、公正取引委員会が被告東芝らに対して課徴金納付命令を発したのであるから、遅くともそのころまでには、原告は、鳥取県による本件委託費の支払の当否について疑問を持ち得たはずであり、談合に関する報道が繰り返されていたなかで、右課徴金納付命令が発せられた時点から4か月もの期間をおいて本件監査請求がなされたことからすれば、相当な期間内に監査請求がなされたとはいえず、正当な理由があったとはいえない。
三 争点2(一)について
1 原告
被告事業団が電気設備工事を受注する資格のある業者として選定してきた13社のうち、被告東芝ほか8社(以下「9社」ともいう。)が、従前から、被告事業団発注の電気設備工事のほとんどすべてを受注してきた。
9社による談合は、被告事業団の設立以来、平成元年度までは、個別の契約ごとに行われていたが、平成2年度からは、同1年度内に被告事業団が発注を予定しているすべての電気設備工事の受注予定者を一括して決定するという方式で行われるようになり、公正取引委員会の立入検査が行われた平成5年度末まで継続して行われた。
右談合は、9社によって構成される「9社会」という会合において、毎年3月に談合ルールを確認し、毎年6月に新件工事の受注予定者を決定し、その後各工事の受注までの間に右確認事項や決定事項が遵守されるために各種の措置(受注予定者から相指名者に対する入札価格の指示など)を行うというものであり、右談合ルールは、いわゆる継続工事については、被告事業団が従前の受注業者と随意契約により請負契約を締結することについて、他社は右受注業者が不利になるような見積をするようなことをして干渉しないこと、9社各社の受注比率を合意により決めること、その比率に基づく受注の割り当ての対象となる工事の範囲(新規工事の全部と継続工事の一部)を合意により確定することなどが主な内容であった。
そして、被告事業団の工務部次長は、被告事業団が当該年度において発注する予定の電気設備工事全部のリストを、各工事の予定金額とともに9社が構成する9社会の幹事に教示して、9社会における右一括談合の成立を促進したばかりではなく、その後に正式な予定価格が決定すると、その金額をも教示して、受注予定者が予定価格一杯の価格で落札することを可能にした。
その結果、被告事業団発注の電気設備工事に関しては、受注競争が全く排除されるため、事実上、受注予定者1社だけが契約の相手方となり、しかも右受注予定者に対しては予定価格が教示されるので、本来は競争によって形成されるべき価格の上限を意味する予定価格が、ほぼそのまま落札価格ないし契約価格となってしまっていた。
本件請負契約は、被告事業団と被告東芝が平成元年度に締結した契約に係る工事の継続工事に係る契約であり、被告事業団と被告東芝は、右談合ルールにしたがって、被告事業団から9社会に教示された工事内容と予定価格を前提にした上で、競争入札によらずに随意契約によって本件請負契約を締結したが、そのことは、被告東芝を含む9社の談合担当者と被告事業団の工務部次長とが、共同して本件請負契約の締結にかかわる自由競争を排除し、契約価格を予定価格の限度一杯まで誘導するという不法行為を行ったものといえる。
したがって、被告東芝及び被告事業団は、民法715条に基づき、被告東芝の担当者ないし被告事業団の工務部次長の共同不法行為につき、それぞれ使用者としての責任を負う。
2 被告東芝
原告の主張を否認ないし争う。
本件請負契約については、これを随意契約により締結すべき実質的根拠があるので、随意契約によったことについて違法な点はないし、随意契約である以上、原告の主張するような談合なるものは観念できないはずである。
3 被告事業団
原告の主張を否認ないし争う。
四 争点2(二)について
1 原告
仮に、被告らによる前記不法行為が存在せず、被告事業団発注の契約が公正な競争に基づいて行われていたならば、本件請負契約の契約価格は、少なくとも20パーセントは低下したはずであるから、鳥取県は、現実に支払った本件委託費のうちの1億5089万5000円の20パーセントにあたる3017万9000円の損害を被ったといえる。
さらに、鳥取県は、本件訴訟を通じて被告らから右損害のてん補を受けた場合には、原告訴訟代理人たる弁護士に対し報酬を支払う義務を負担しているところ、右報酬額は右損害額の10パーセントにあたる301万7900円が相当である。
2 被告東芝
原告の主張を否認ないし争う。
(一) 本件委託協定によって鳥取県から被告事業団に対して適法に本件委託費の支払がなされている以上、鳥取県において損害は発生し得ない。
(二) 被告事業団が委託を受けた工事について、鳥取県から受領した本件委託費と適正な競争を経た上で契約が締結されたとすれば低減したと思料される費用との差額は本件委託協定上の精算の対象となり得ないものであるから鳥取県において損害は発生し得ない。
(三) 仮に本件委託費と本件請負契約の請負代金との間に右(二)のような差額が生じたとしても、右差額は鳥取県と被告事業団との間において精算されるべきものであって、右精算に関して鳥取県の被告事業団に対する精算請求権がある以上、鳥取県との関係において被告東芝が不法行為に基づく損害賠償責任を負うことはない。
3 被告事業団
原告の主張を否認ないし争う。
第四証拠
書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第五争点に対する当裁判所の判断
一 争点1(一)(地方自治法242条2項適用の有無)について
1 本件監査請求と地方自治法242条2項本文の規定内容及び同条項について判断した最高裁判例との関係について
(一) 地方自治法242条1項は、違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担(同条項は、これらを一括して「当該行為」と定義している。)があると認めるとき、又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実(同条項は、これらを一括して「怠る事実」と定義している。)があると認めるときは、普通地方公共団体の住民は、監査委員に対して監査請求することができるものと定め、同条2項本文は、当該行為があった日又は終わった日から1年を経過したときは、監査請求をすることができないものと定めている。
そして、同条2項本文の規定については、当該行為があった場合には適用され、怠る事実があった場合については、原則として適用されないものと解される(最高裁昭和53年6月23日第3小法廷判決参照)。
しかしながら、怠る事実があった場合でも、普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして監査請求があった場合に、右監査請求が、右普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の積極的行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産管理を怠る事実(いわゆる「不真正怠る事実」)としているものであるときは、当該監査請求については、右怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条項が適用されるものと解される。なぜなら、同条項の規定により、当該行為があった日又は終わった日から1年を経過した後になされた監査請求は不適法とされ、当該行為の違反是正等の措置を請求することができないものとされているにもかかわらず、監査請求の対象を当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実として構成することにより同条項の定める監査請求期間の制限を受けずに当該行為の違法是正等の措置を請求し得るものとすれば、同条項の規定により監査請求に期間制限を設けた地方自治法の趣旨が没却されるからである(最高裁昭和62年2月20日第2小法廷判決参照。以下「昭和62年判決」という。)。
(二) これを本件について検討する。
本件監査請求は、前記のとおり、鳥取県監査委員により、本件監査請求に係る監査請求書の記載内容や原告の監査請求人としての陳述内容を踏まえて、その趣旨を「被告東芝ほか8社及び被告事業団は、談合という共同不法行為を通じて契約金額を不法につり上げることにより、電気設備工事委託者として最終的に契約代金を負担した鳥取県に対し損害を与えたものであるところ、鳥取県知事は、鳥取県が右不法行為者に対して有する損害賠償請求権を行使して、鳥取県の受けた損害をてん補する措置を講じる責任があるのにこれを怠っているのは、財産の管理を怠る事実に該当するものである」とされた上で監査がなされ、結果として棄却されたものであるところ、前記のとおり監査手続の過程において監査委員によって明示的に特定された監査請求の趣旨の内容自体からすると、本件監査請求は、鳥取県において違法に財産の管理を怠る事実があるとして監査請求されたものではあるが、鳥取県の知事その他の財務会計職員の特定の財務会計上の積極的行為を違法であるとして、その当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産管理を怠る事実としているものではない。さらに、本件監査請求が、右監査請求の趣旨の内容からして、当然に、あるいは、黙示的に、鳥取県の知事その他の財務会計職員の特定の財務会計上の積極的行為を違法であるとして、その当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産管理を怠る事実としているものであるということも困難である。
(三) したがって、本件監査請求については、地方自治法242条2項について判断した昭和62年判決の判旨がそのまま妥当する事案ではないといわざるを得ない。
2(一) そこで、地方自治法242条2項の趣旨及び同条項について判断した昭和62年判決の内容についてさらに検討する。
(二) 同条項の趣旨は、立法論としてのその内容の是非はともかく、地方公共団体において、財務会計法規上の義務に違反する違法な財務会計上の積極的行為がなされた場合であっても、当該地方公共団体の住民が、その個人の権利義務に関わりなく、住民であるというだけの資格において、いつまでも当該行為の効力を争うことができたり、当該行為をした地方公共団体の職員の責任を追及することができるようにしておくことは、法的安定性の見地からみて妥当ではないので、住民による監査請求が期間制限を受ける場合を規定したというところにある。
また、昭和62年判決が、怠る事実があったとしてなされた監査請求の場合において、同条項の適用を肯定して期間制限に服させることとした理由は、前記のとおりであるが、さらにその内容を検討するに、昭和62年判決の事案は、当該行為が違法、無効であるとされ、これに基づく実体法上の請求権の発生が認められて初めて怠る事実の有無ないしその違法の有無が問題となるもの、すなわち、監査請求に係る実体法上の請求権の管理について怠る事実が存在するかどうか判断するに当たって、その前提問題として論理必然的に、右実体法上の請求権の発生原因となっている当該行為の違法の有無ないし法的効力の有無について判断しなければならない場合である。そして、このような場合については、昭和62年判決が指摘するように、当該行為そのものについての監査請求については期間制限により不適法となる以上、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という構成でなされる監査請求についても、期間制限により不適法としなければ、同条項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨、すなわち、地方公共団体において、財務会計法規上の義務に違反する違法な財務会計上の積極的行為がなされた場合であっても、当該地方公共団体の住民が、その個人の権利義務に関わりなく、住民であるというだけの資格において、いつまでも当該行為の効力を争うことができたり、当該行為をした地方公共団体の職員の責任を追及することができるようにしておくことは、法的安定性の見地からみて妥当ではないという趣旨が没却されるので、監査請求の期間制限に服させることにしたものと解される。
(三) 右のような同条項の趣旨及び同条項について判断した昭和62年判決の判旨の内容からすると、監査請求が怠る事実に関してなされている場合においては、当該監査請求は、地方公共団体における財務上の損害の填補ないし回復の公正な実現という見地から、原則として、同条項に定める期間制限を受けないが、財務会計行為についての法的安定性の見地から、例外的に、既に期間制限によってそれに対する監査請求ができなくなっている当該行為について、結果として、蒸し返し的に、その効力を争ったり、その行為をした財務会計職員の責任を追及することになるような場合に限って、同条項に定める期間制限を受けることになるというべきである。
(四) これを本件についてみるに、本件監査請求は、実体法上の請求権の不行使を怠る事実についてなされているものであるが、前記のとおり、その監査請求の趣旨からすれば、本件監査請求に係る右実体法上の請求権は、鳥取県の財務会計職員の違法、無効な財務会計上の積極的行為をその発生原因とはしてはおらず、したがって、右実体法上の請求権の管理を怠る事実が存在するかどうか判断するに当たって、その前提問題として論理必然的に、右実体法上の請求権の発生原因となっている当該行為の違法の有無ないし法的効力の有無について判断しなければならないという関係は全く存在しないのであり、当該行為の違法の有無ないし法的効力の有無とは無関係に、右実体法上の請求権の有無並びにその不行使の有無及び違法性について判断することが求められているのである(例えば、a県がb社と契約を締結して対価を支出した後に、b社が右契約について債務不履行をした場合において、第3者であるc社が右契約の債務不履行についてb社と謀議してこれに加担したときには、a県は、b社に対して債務不履行に基づく損害賠償請求権を取得する余地があるほか、b社とc社に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を取得する余地もあると考えられるが、右いずれかの請求の当否を判断するに際して、a県の右支出に係る財務会計上の積極的行為自体が違法、無効であるかどうかについて判断する論理的必然性はない(なお、このような契約締結後又は支出後の債務不履行という後発的な事情のみによって右契約締結又は支出が違法と評価される場合というのを具体的に想定するのは容易ではない。)と考えられるが、本件は、右に例示したa県、b社及びc社のケースに近いものともいえる。)。
そうすると、本件監査請求については、既に期間制限によってそれに対する監査請求ができなくなった財務会計上の積極的行為について、結果として、蒸し返し的に、その効力を争ったり、その行為をした職員の責任を追及することになるというような弊害が生じる可能性があるとはいえないのであるから、例外的に期間制限に服させる理由もなく、したがって、本件監査請求については、同条項の適用はなく、監査請求期間の制限を受けないというべきである。
3 したがって、本件について地方自治法242条2項の適用はなく同条項に規定する監査期間の制限を受けないから、その余の点(争点1(二))について判断するまでもなく本件監査請求は適法であり、本件訴えも適法である。
4 なお、被告らは、本件訴えにおいて原告が主張する実体法上の請求権はおよそ成立し得ない主張自体失当な請求権であり、そのような請求権についてなされた本件訴えは、地方自治法所定の住民訴訟の対象たり得ない事項についてなされたものであるとして、本件訴えは不適法であると主張しているが、実体法上の請求権が成立し得るか否かは本案の問題であって、本件訴えの適法性自体に影響するものではないから、被告らの右主張は採用できない。
また、被告らは、本件訴訟の対象となる実体法上の請求権が成立するためには、客観的に違法な財務会計上の積極的行為として、鳥取県が被告事業団に対し本件委託費を支払うことについての違法な支出負担行為を観念せざるを得ず、そうだとすれば、本件監査請求は、昭和62年判決によって、監査請求の期間制限を受けることとなり、監査請求期間を徒過した不適法なものであるから、本件訴えも不適法になると主張している。しかしながら、本件監査請求においてその不行使があるとされている実体法上の請求権は、被告らの不法行為をその発生原因と捉えるものであって、違法、無効な当該行為をその発生原因と捉えるものではないことは前記説示のとおりであるし、仮に被告らの主張するとおり、本件委託費を支払うことについての支出負担行為(財務会計上の積極的行為)が地方財政法4条等に違反して違法であるとしても、このことから、右実体法上の請求権が、右支出負担行為が違法であることに基づく請求権であるということはできないものといわざるを得ない。なるほど、右実体法上の請求権について損害が発生するためには、鳥取県から何らかの支出が事実上なされることが必要ではあるが、その支出が違法、無効な支出でなくても損害は発生し得るのであり、支出が違法、無効であることは損害発生の不可欠の要件とはならないというべきである。したがって、本件監査請求は、財務会計上の積極的行為の違法を前提としない怠る事実(いわゆる「真正怠る事実」)についてのものであると解するのが相当であり、右実体法上の請求権が成立するための要件として、客観的に違法な財務会計上の積極的行為を観念せざるを得ないという被告らの右主張は採用できない。
二 争点2(一)(被告らの違法な行為の有無)について
1 証拠<略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告事業団が発注する工事の契約状況等について
被告東芝ほか8社は、「9社会」を組織し、平成2年度ころ、被告事業団が発注する下水道施設建設工事の受注を調整し、9社会の各社がそれぞれ一定の比率(以下「シェア枠」という。)で安定して受注できるようなー般的なルールとしての明確な運用手順(以下「本件運用手順」という。)を取り決めて、受注調整することを合意した。
本件運用手順の具体的内容は、被告事業団が発注する下水道施設建設工事を、①d物件(新規発注工事)、②e物件(既設物件の竣工から3年以上経過した後に発注される継続工事)、③e物件(自治体発注に係る既設物件の継続工事を被告事業団が当該自治体から委託を受けて新規に発注する工事)、④f物件(e物件及びe物件以外の継続工事)に区分し、このうちd物件、e物件及びe物件を9社会におけるシェア枠による割り当ての対象として、9社で合意して決めた各社ごとのシェア枠にしたがって、各社に右物件に係る工事の受注を割り当てていくこと、f物件については、既設物件の工事を担当した会社が受注することとし、他の会社はこれに干渉しないことなどがその基本的なものであった。
その後、本件運用手順は、平成5年度ころまで毎年度修正され、平成3年度ころには、右f物件がさらに新f物件(平成2年度以降の新規扱い物件の継続工事)とg物件(それ以外の継続工事)とに区分されるとともに、新たにh物件(9社会の9社以外の会社へ振り向ける工事)が区分され、新f物件は9社会におけるシェア枠による割り当ての対象とされることになり、また、平成4年度ころには、受注を割り当てる比率が変更されるなどし、さらに平成5年度ころには、新たにi物件(担当社確定済みの延期工事(右d物件、e物件及びe物件の延期工事))が区分されたりしたが、既設物件に係る継続工事すなわちg物件については、既設物件の工事を担当した会社が受注する点については変更がなかった。
そして、本件運用手順にしたがって現実に9社会の受注調整が行われ、一方、被告事業団は、右受注調整が円滑に実現できるように、被告事業団が発注する予定の下水道施設建設工事の内容や予定価格(工事の発注者である地方公共団体や被告事業団が発注価格を決定する基準としてあらかじめ作成しておく見積価格で、仕様書、設計書、取引の実例価格及び需給状況、履行の難易、契約数量の多寡等を考慮して契約締結の際の限度額として定められる。なお、被告事業団の「工事の請負契約に関する事務処理要領について」と題する昭和59年5月21日付け理事長通達4条2項において、「予定価格及び予定価格積算調書は、秘密とする。」旨定められている。)等の情報を、年度毎に、9社会に対して提供していた。
なお、鳥取県は、被告事業団との間において、平成元年4月25日、委託協定を締結して、下水道施設建設工事を委託したが、その工事に関して、被告事業団は、同年6月30日、被告東芝との間において、電気設備工事に関する請負契約を締結していた。
(二) 被告事業団の内規について
(1) 日本下水道事業団法41条、同法施行規則19条に基づいて定められた被告事業団の内規である日本下水道事業団会計規程(甲10。以下「会計規程」という。)においては、契約の方式として一般競争入札、指名競争入札及び随意契約の3方式が定められているところ、契約職が、売買、賃貸、請負その他の契約を随意契約によって締結する場合とは、契約の性質又は目的が競争を許さないとき(会計規程55条4項1号)、緊急の必要により競争に付することができないとき(同条項2号)、競争に付することが不利と認められるとき(同条項3号)であるとされ、さらに予定価額が少額のとき、その他事業団の事業運営上特に必要がある場合には随意契約によって契約を締結することができるとされ(同条5項)、随意契約を締結しようとするときは、なるべく2人以上から見積書を徴さなければならないが(同条6項)、図書、定期刊行物等その性質上見積書の徴取を省略しても支障がないと認められる契約については、見積書の徴取を省略できるとされている(同条7項)。
(2) また、被告事業団の内規である日本下水道事業団会計規程実施細則(乙イ14。以下「会計規程細則」という。)においては、会計規程55条4項1号及び3号の規定によって随意契約によるものとされる場合とは、契約の性質又は目的が競争を許さないとき(会計規程細則47条1項4号)、随意契約によるときは、時価に比べて著しく有利な価格をもって契約することができる見込みがあるとき(同条2項3号)、すみやかに契約をしなければ、著しく不利な価格で契約しなければならないこととなるおそれがあるとき(同条項4号)などであるとされている。
2 前記第二の一の事実及び右1の事実を前提に検討する。
(一) 右の各事実によれば、被告事業団及び被告東芝が、遅くとも平成2年度ころから平成5年度ころまでの間に、被告事業団においては、当該年度に発注する予定の下水道施設建設関連工事の内容や予定価格等の情報を9社会に提供し、右情報を基礎にして、被告東芝を含む9社会においては、9社会の前記合意内容に基づいて、シェア枠による割り当ての対象となる工事、例えば入札に係る工事については、それについて受注予定者とされる9社会の中の1社が確実に落札できるように、また、シェア枠による割り当ての対象となる工事以外の工事、例えば継続工事については、既設物件の工事をした9社会の中の1社が9社会の中の他社と競争することなく確実に契約を締結できるように、それぞれ受注調整していたものと認められる。そのような状況下において、被告事業団と被告東芝は、平成4年度と平成5年度に本件請負契約を締結したのであるから、本件請負契約は、被告事業団が提供した工事内容や予定価格等の情報を基礎にして、本件運用手順にしたがい受注調整をするという9社会の合意内容に基づいて締結されたものであると推認することができ、本件請負契約が継続工事に関するものであることからすると、本件請負契約は、被告東芝を含む9社会と被告事業団により意図的に競争が排除された状況の下で、あらかじめ提供された予定価格に応じて契約価格(請負代金)が決定されたものであるということができる。
そして、本件請負契約は、鳥取県が被告事業団に委託した下水道施設を建設するためになされたものであること、鳥取県が独自に下水道施設の建設をせずにこれを被告事業団へ委託した目的は、なるべく高い品質の下水道施設をなるべく低い費用で取得することにあることなどを考慮すると、被告事業団と被告東芝が、意図的に競争が排除された状態を作出し、そのような状況下で、鳥取県の下水道施設建設に関連して本件請負契約を締結したことは、右目的のために下水道施設建設工事を委託した鳥取県との関係においては許されないものというべきである。
(二) また、本件請負契約は、随意契約により締結されているが、そもそも随意契約は、競争の方法によることなく、任意に特定の者を選んで契約を締結するという方法であるため、手続が簡単で経費も少なくてすみ、資力、信用及び能力の確実な者を選ぶことができるものの、一方、公正な契約の確保ができないおそれがあり、濫用されて官民結託の弊害を招き、発注者に不利な価格で契約が締結されるおそれがあるなどと指摘されていることに加え、被告事業団の内規によれば、随意契約は自由にできるものではなく、一定の要件が充足された場合に限って、これによることができるように定められているところ、被告事業団が、主に、地方公共団体からの委託を受けて下水道施設の建設や維持管理を行うことを目的の1つとする法人であること(日本下水道事業団法1条、26条)からすると、これらの内規の趣旨には、なるべく高い品質の下水道施設をなるべく低い費用で取得したいという地方公共団体の委託の目的を、事業団が外注により委託に係る工事を行う場合においても、実現できるようにすることも含まれているというべきである。そして、そのような内規の趣旨をも前提とすれば、被告事業団としては、内規における随意契約についての要件を慎重に検討して運用していくべきであって、特段の事情もなく、包括的な条項にしたがって随意契約を締結することは、委託者である地方公共団体との関係においても、許されないものというべきであるし、随意契約によるか否かについて被告事業団の契約職にある程度の裁量の余地があるとしても、その裁量は全く自由なものではなく、右内規の趣旨に反するようなものは許されないというべきである。
(三) 以上の事情からすると、被告事業団と被告東芝が右のような意図的に競争を排除した状況を作出した上で、被告事業団が随意契約によって被告東芝と本件請負契約を締結したことは、本件請負契約について他の会社が入り込む余地をなくし、現実にも他の会社との競争をせずに、既設物件の工事を施工した被告東芝に希望どおり受注させるというものであって、既設物件の工事を施工した者が、継続工事を受注することの便宜等を考慮に入れても、本件請負契約に係る電気設備工事の受注について、他の会社との公正な競争によって受注価格が低下することを防いで受注業者の利益を図るという目的でなされたものであるといえ、また、このようなことは、被告事業団における内規の趣旨に反し、随意契約に関する裁量の限界を超えるものともいえるから、本件下水道施設建設工事の委託者である鳥取県との関係においては、社会通念上許容し難い違法な行為であるというべきである。
三 争点2(二)(損害の有無とその額)について
1 証拠<略>及び弁論の全趣旨によれば、本件委託協定の内容について、次の事実を認めることができる。
(一) 本件委託協定の7条における建設工事の施工に要する費用は、日本下水道事業団法27条、同法施行規則1条に基づいて作成された被告事業団の内規である日本下水道事業団業務方法書6条の規定を受けて、①工事の施工に直接必要な工事請負費、原材料費その他の工事費(同条2項1号)、②工事の監督、検査その他工事の施行のため必要とする人件費、旅費及び庁費(同条項2号)、③建設業務の処理上必要とする一般管理費(同条項3号)、④その他建設業務の処理に伴い必要を生じた費用(同条項4号)によって構成される。
そして、右①ないし④の費用の額は、被告事業団の内規である受託業務費用負担細則2条によって計算され、右①の費用(直接費又は工事費等とされる。以下「直接費」又は「工事費等」という。)は、積上計算により得た額とされ(同条3項1号)、右②ないし④の費用(間接費又は管理諸費とされる。以下「間接費」又は「管理諸費」という。)は、一括して直接費の総額に基づき、業務ごとに定める一定率を用いて算定した額とされる(同条項2号)。
(二) また、本件委託協定の11条において、被告事業団は、建設工事が完成したときは、費用の精算を行うものとし、精算の結果生じた納入済額と精算額との差額は、鳥取県に還付するものとされている。
そして、被告事業団の内規である日本下水道事業団受託業務精算事務処理要領によれば、工事費等(直接費)の精算額は、施設の建設に係る業務については請負額とされる。また、右処理要領によれば、管理諸費(間接費)の精算額は、協定に際し算定した管理諸費とし、その業務内容に変更がない限り、これを変更しないものとされている。
2 右1の事実を前提に検討する。
前記第五の二で認定した被告らの違法行為は、前記のとおり、本件請負契約について他の会社が入り込む余地をなくし、現実にも他の会社との競争をせずに、既設物件の工事を施工した被告東芝に希望どおり受注させるというものであって、本件請負契約に係る電気設備工事の受注について、他の会社との公正な競争によって受注価格が低下することを防いで受注業者の利益を図るという目的でなされたものであるといえるから、仮に右違法行為がなければ、本件請負契約については、工事の仕様や品質は同一のままでより低い請負代金額で締結することができたはずであるといえ、この場合には、本件委託協定11条にいう工事費等の精算額となる現実の請負額(個々の工事にかかった現実の工事費の合計額)はその分だけより低い額になる。
そして、現実の請負額が低くなった場合、右1の事実を前提とすれば、被告事業団は、本件委託協定11条に基づき、鳥取県から受領した本件委託費と右精算額との差額を鳥取県に還付しなければならないのであるから、鳥取県は、被告らの右違法行為がなければ受けることができたはずの還付を、被告らの右違法行為によって実際には受けることができなくなったものといえる。
したがって、被告らの右違法な行為により、鳥取県は、受けることができたはずの還付を受けることができないという損害を被ったということができる。
3 なお、被告東芝は、①本件委託協定によって鳥取県から被告事業団に対して適法に本件委託費の支払がなされている以上、鳥取県において損害は発生し得ない、②被告事業団が委託を受けた工事について、鳥取県から受領した本件委託費と適正な競争を経た上で契約が締結されたとすれば低減したと思料される費用との差額は本件委託協定上の精算の対象となり得ないものであるから鳥取県において損害は発生し得ない、③仮に、本件委託費と本件請負契約の請負代金との間に右②のような差額が生じたとしても、右差額は鳥取県と被告事業団との間において精算されるべきものであって、右精算に関して鳥取県の被告事業団に対する精算請求権がある以上、鳥取県との関係において被告東芝が不法行為に基づく損害賠償責任を負うことはない、と主張する。
しかしながら、前記のとおり、鳥取県から被告事業団に対してなされた本件委託費の支出が適法であるとしても、そのこと自体によって鳥取県の被告らに対する損害賠償請求権が法的に発生し得なくなるとはいえないから、右①の主張は採用できない。また、仮に、被告らの違法行為がなかったとすれば本件請負契約の請負代金額が下がったはずであるということが認められる場合においても、精算額(現実の請負額の合計額と本件協定に際し算定した管理諸費の合算額)が現実には変化しないため、被告事業団において本件委託協定11条に定める精算義務は発生しないが、それは、被告らの違法行為によって現実の請負額(請負代金額)が予定価格に応じて定められたことによるものであって、そのために鳥取県には受けることができたはずの還付を受けることができなくなったという損害が発生したものというべきであるから、右②の主張も採用できない。さらに、前記のとおり、本件においては、精算額(現実の請負額の合計額と本件協定に際し算定した管理諸費との合算額)と本件委託費との間に差額がない以上、被告事業団の本件委託協定上の精算義務は発生しておらず、鳥取県は被告事業団に対して本件協定上の精算請求権を取得しているとはいえないから、右③の主張は採用できない。
4 そこで、次に、右2の損害の具体的な額について検討するに、右損害の内容が、本件請負契約が随意契約によることなく適正な競争(たとえば、談合のない指名競争入札)を経た上で締結されたと仮定した場合における請負代金額と現実に締結された本件請負契約における請負代金額との差額というものであって、損害額の算定にあたっては、種々の仮定条件や事情を基礎としなければならないというべきところ、その算定自体に著しい困難を伴うものである上、本件全証拠をもっても右条件や算定のための基礎事情を確定することが困難であるから、民事訴訟法248条を適用し、本件訴訟における一切の事情を考慮して、本件請負契約の請負代金額の合計額(1億1711万1000円と3378万4000円の合計1億5089万5000円)に10パーセントを乗じた金額である1508万9500円をもって、鳥取県が被った損害の額であると認めるのが相当である。
5 また、原告の主張する弁護士費用について検討するに、地方自治法242条の2第1項4号の規定による住民訴訟を提起した者が勝訴した場合において、弁護士に報酬を支払うべきときは、その訴訟提起者は、地方公共団体に対して、その報酬の範囲内で相当と認められる額の支払を請求できる(地方自治法242条の2第7項)が、右訴訟において請求が認容されるときは、その代位行使された権利の性質や内容、認容額などを勘案して、右訴訟提起者が支払うべき弁護士費用のうち、当該裁判確定後に地方公共団体が右訴訟提起者に対して支払うことが相当であると認められる金額については、右住民訴訟における被代位者である地方公共団体の損害になるというべきである。
そして、本件において代位行使される権利は、鳥取県の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権であること、その認容額は右4のとおりであることなどを勘案すると、150万円をもって、被告らにより鳥取県が被った損害の額であると認めるのが相当である。
6 よって、鳥取県は、被告らに対し、右4の損害賠償請求権1508万9500円と右5の損害賠償請求権150万円の合計1658万9500円の損害賠償請求権(以下「本件損害賠償請求権」という。)を有しているといえる。
四 次に、本件損害賠償請求権を行使しないことが違法に財産の管理を怠る行為となるかについて検討するに、一般に損害賠償請求権の成否が法的な判断を経た上で確定されるものであるとしても、そのことだけで右請求権に関する法的措置の行使を躊躇しなければならないわけではなく、右請求権が帰属する地方公共団体の長は財産管理の法規の趣旨にしたがって適切な時期に適切な法的措置を講じるべき財務会計法規上の義務があるから、これに反して、その法的措置を講じない場合には、その行為は財産管理を違法に怠る行為となるというべきである。
これを本件についてみるに、本件請負契約が締結されてから本件口頭弁論終結に至るまでの間に、本件損害賠償請求権について鳥取県知事が何らかの法的な措置を執ったことをうかがわせる事情は認められないから、本件損害賠償請求権の管理について、財産管理を違法に怠っていたものというべきである。
なお、被告事業団は、主張自体失当の損害賠償請求権についてはその行使を怠るということは観念できないから、違法性は認められないのであり、このような場合には、訴えは不適法になるから却下すべきであると主張するが、怠る事実の違法性は、本案の問題であるから、右主張は採用できない。
五 したがって、鳥取県の住民である原告は、鳥取県に代位して、被告らに対し、鳥取県の被告らに対する本件損害賠償債権を行使することができる(なお、本件損害賠償請求権は、共同不法行為者たる被告事業団の職員と被告東芝の従業員それぞれの使用者として被告らが負う不法行為責任に対するものであるところ、被告らの右使用者責任に基づく損害賠償債務は、不真正連帯債務の関係にあるものといえる。)。
第六結語
以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、鳥取県に代位して、被告らに対し、連帯して、不法行為に基づく損害賠償金1658万9500円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成8年3月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、64条本文、65条1項本文をそれぞれ適用し、なお仮執行宣言については、相当ではないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 内藤紘二 裁判官 一谷好文 裁判官 三島琢)